2020年が終わりました。
こんにちは2021年。
一生2021年なんて来なければいいと思っていました。一生2020年でいて欲しかった。
2020年12月31日をもって嵐が活動を休止しました。
活動休止を発表したあの日から約2年経つ。
永遠に来なければいいと思っていたこの日が来てしまいました。
きっと発表した日から2年間、やりたいこと、やろうとしたことがきっとたくさんあった。
でも、コロナ禍で出来ない、やれないという選択をたくさんしてきて、嵐自身が悔しい思いを人知れずしてきた。それでも嵐は今できることを考えて、私たちに寄り添い続けてくれた。嵐の、このどんな状況も、逆境もチャンスに変える力がずーっとあったから、こんなにも愛されるグループになったんだと気付かされる。
この状況じゃなくても、いつも嵐は私のそばにいてくれた。嵐のいない生活なんて、嵐を感じない生活なんてもう15年近くしていない。毎日を彩ってくれていた。
小学校で話題にしたのも、中学校でピアノに熱中したり、受験を乗り越えられたのも、高校で部活や受験で辛い時背中を押してくれたのも、大学の時実習で辛かった時も、上京して寂しい時も、初めて遠征したのも、全国に友達が出来たのも、社会人になってしんどい時に支えてくれたのも、全部全部。嵐だった。
私の生活には必ず嵐がいた。
嵐は休止まで2年間っていう猶予をくれた。これは嵐の誠意だってわかってる、理解している。
でも2年あっても、目の前に活動休止が来てしまった今受け入れることはやっぱり出来なくて。
12月31日を迎えて、今。一周まわってなんにも実感がわかなくて。
分かっているつもりだけど、頭が理解してない。
嵐でいる事が普通すぎて、理解が追いつかない。
This is 嵐ライブ。
万全の体制で見ました。
楽しかった。最初から最後までずーーっと嵐だった。私の大好きな嵐だった。
パフォーマンスも最高でした。ちょっと二宮くん暴れ散らかしてたけど()
でもね、二宮くんが暴れ散らかしてる時って緊張してる時だって私は知ってる。二宮くんは態度には絶対出さないけど身体に出ちゃう人だから。緊張してたんだなぁって。untiledの初日のUB思い出しちゃったな。
話は逸れたけど、休止前のライブなのにも関わらず、どんどん新しいことに挑戦する嵐のバイタリティに驚かされた。これが嵐が嵐でいる所以なのかもしれない。
私は言葉より大切なもので無観客なのに、コールがあるって言うその嵐の心意気に涙が止まらなくなりました。
と、同時に生で嵐と一緒にやりたかったなぁって。「あるからー!!!」って言いたかったなぁって。
1曲1曲に思い出があるから、またそれについては備忘録残したいなって思ってる、
どんどん進んでいくライブ、楽しくて時間を忘れそうだったけど、どんどん近づいてくる嵐の活動休止。
正直ライブが進めば進むほど活動休止の実感がわかなくて。まだまだ嵐のライブ見られる気がして。
活動休止を突きつけられたのが、やっぱり最後の挨拶で。
翔ちゃんが5人で集まることは頻繁にあると思うけどそれは嵐じゃないって。幸せを届けるためにいる5人が嵐なんだなぁーって、切なくなって。
二宮くんの挨拶で涙腺のダムが決壊しました。
「まだまだ突っ込みたかったし、いじりたかった。僕の言葉はすべて4人に向けた言葉だから」って言っていました。活動休止の発表から、自分の気持ちを極力語ってこなかった二宮くんが、初めて。本当に初めて嵐でい続けたかった意志をこちら側に提示してくれました。私が1番聞きたかった言葉かもしれない。
ここから赤子のように声を上げて泣きました。年甲斐もなく。
相葉くんだって本当はもっと話したかったんだろうけど、泣いちゃって話せていなかった。
なにより潤ちゃんはもう抑えきれていなくて。涙を拭う姿が切なくて切なくて。
あーみんな嵐大好きなんだよね。嵐自身が嵐のこと大好きなんだよね。
「明けない夜はないよ」って活動休止を発表したあの日から伝え続けてくれた嵐が最後に選んだ曲がLove so sweetで。
12月中私は夜なんて空けて欲しくなかった。活動休止が近づいてしまうから。
でも、明けない夜はないから。
嵐がいなくても夜は空ける。
し、嵐がいない真っ暗闇の夜もいつか空ける。
今はそう信じるしかなくて。
5人が肩を組みながら階段を登っていく姿も、5人で強く強く手を繋いで手を掲げた姿も。
最後まで5人だった。嬉しくて悲しいくらいに。
手を繋ぐ瞬間、翔ちゃんは5人の端でずっと4人を見ていて、繋いで手を掲げた瞬間、我慢していたものが溢れ出して、まるで子供のように顔を歪ませるあの姿に、また涙が止まらなくなって。
あー翔ちゃんは4人の姿を焼き付けて、5人でいられることが嬉しくて、この景色がいつ見られるか分からなくなってしまうのが切なくなってしまったんだなぁって。
翔ちゃんは嵐を全うしようとするあまり、「自分が泣く資格はない」って言っていた。もちろん本人も泣くつもりなかったんだろうなって、きっと最後まで笑顔を貫こうと思っていたのに。溢れちゃったんだな。それくらい嵐が大好きなんだよね。
翔ちゃんがそんな感情を溢れ出してしまうから、私たち以上にあの瞬間しんどくて切なかったのは、きっと嵐の方で。
嵐自身が嵐を大好きで、だけどこれからいじられることもつっこまれることもなくなってしまって。人に笑顔を届けるために試行錯誤することもなくなってしまって。
嵐は次のステージに、それぞれの道を、五叉路を進んでいく。
それなのに、私は実感が湧いていなくて。
今もまだ普通に5人の姿が見られる気がしている。
テレビを見ていたら不意に5人が見られる気がして。
CMが流れている気がして。
その反面、今の嵐を受け入れている自分もいて。
今後のことを考えてしまっている自分もいる。
今後のこと、今後の嵐のこと、嵐と私の事。
最初に言ったように、私の生活の1部に嵐はいて、それが当たり前だった。
今もまだ当たり前だと思っているし、嵐のいない生活が分からない。
でもこの先嵐がいない生活に慣れてしまったら?
ジャニオタの世界に「担降り」という言葉が存在するように、アイドルを応援するファンもまた永遠なんてない。人の気持ちは移ろいゆく。
私だって同じで。もしかしたら嵐への興味が薄れてしまう可能性だってある、いつか戻ってくるって信じているけど、復活するってなったその時私がどんな事を思うのか分からない。
だからこそ活動休止する=自分が嵐に興味がなくなってしまう世界線、が怖くてたまらない。し、活動休止を発表したとき、多分私自身これを1番に恐れていたんだと思う。
もちろんこれを嵐が理解していないわけなくて。このことが復活しない理由のひとつになってしまわない事を願わずにはいられない。
嵐にだって同じことが言えるわけで。
翔ちゃんが「復活の鍵を握るのは大野だっていう風潮があるけど、もしかしたら自分かもしれない」って言っていたように、もしかしたら個人でいることに慣れてしまって、嵐に戻りたいと思わないかもしれない。
「復活するタイミングがあるとしたら、5人の意思が揃ったときで、この5人ならその可能性はほかより高いと思う」とも翔ちゃんは言っていたけど、その意思は揃わないかもしれない。
私が1番恐れているのは、嵐自身が「5人でいないこと」に慣れてしまって、会わないことに慣れてしまって、1人で活動することに慣れてしまって、「嵐でいないこと」に慣れてしまうことなんだと思う。
こんな最悪のタラレバなんて考えたくない。
嵐が解散ではなく、活動休止を決めた理由は帰ってくることを意味していると思っているから。
また笑顔にしてくれるって思っているから。
またいつか5人に笑顔で会いたい。
大晦日、嵐がステージから去った後、ステージには虹がかかった。
「嵐が去った後、虹のかかった美しい空が皆さんの前に広がりますように」
紅白でじゅんちゃんが言った言葉。
嵐は嵐が去った後のことまで考えてくれていて。
私の目の前にはまだ虹はかかっていないけど、いつか虹のかかる美しい空が見られますように。
そして、また嵐5人がステージに立つ姿を見ることが出来ますように。
これから これから 君が笑えるように
僕の想い 虹に変わるといいな
君が笑えるように の歌詞なんだけど、この歌詞今になってめちゃくちゃ響く。
この歌詞は嵐からの想いであり、私から嵐への想いだから。
嵐自身の前にも素敵な虹がかかりますように…。